2011年9月29日木曜日

幸せであってもらいたいと常々思っている

見返りなんてものは求めてない。
時に、ちょっとした言葉のあやで誤解され、突き放されることもある。
同じ事を同じようにしゃべっても、許されないこともある。
いろんな場所や機会を奪われることもある。
それでも人の幸せを願わずにはいられない。

見返りなんてものは求めていない。
理解されないからといって落ち込むこともない。
ハブられても、まぁ仕方がない。
気がつけば一人でいるのも仕方がない。

それらは全部私が到らないからだ。
やはり皆どこかで感じるものがあるのだろう。
偉そうなことを言ってるだけの人のように感じられるのだろう。
確かにそうだ。僕には胸を張って言えるようなことなど何一つ無い。
あらゆる分野で、その道のトップからははるかに劣っている。
何ができるわけでもない。何をやってきたわけでもない。
何もかも足りない、到らない。

僕は人に好かれるような人間では無い、そんな風に思ったのは確か高校生の頃で、そんな手紙を仲の良かった同級生に送ったことがある。20年経った今も、あまりそれは変わっていないような気がする。
孤高の人だなんて思いたくもない。そもそも高くない。
昔っから恋愛下手で、好きな女性に好きな男性がいると分かったら、余程のことでない限りその恋を応援した。振り向かせたいがための事なんか何一つしたことがない。その相手が幸せであったら、それが何より嬉しいわけだから、別に私とくっついたりしなくてもいいわけだ。

だから人の幸せを祈らずにはいられない。
自分が報われたいなんて、少しは思ったりもするけども、それはただのエゴだ。だからその想いはすぐにかき消す。ただ、人に良かれの想いしかない。

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