2010年11月24日水曜日

徳島最終日

喉が乾いて目が覚める。。。あれ?セットしたはずの目覚ましの時間より1時間近く過ぎてるんですけど。。。どうやら曜日を間違えてセットしてしまったらしい。やはり酒に酔って、ゆかりんにも酔って、PHSのアラームをセットしたので間違えてしまったようだ。

徳島駅前のホテルにあるびざんの湯を戴く。午前に入りにいくと200円割引なのだ。
外にはジャグジーがあったり、中にはサウナもあったりした。なかなか気持ちもいい。
で、まぁあまりいいたくないことなんだけど、爺様がトイレから出てきたのよ。で、入れ替わりにオレが入ったわけ。そしたらでかいのが流されてないわけよ。流してよ、ね、じーさん。。。

ホテルのロビーに観光パンフレットがあったのでパラパラとめくりつつ眺めていると、鳴門の記事が載っていた。そうか!鳴門へ行こう!!

徳島から鳴門へは1両編成の鳴門線で行く。なんか凄く本数が無い。本当に鳴門って観光地ナノカシラ?
とりあえず電車の中で居眠り。昨夜の酒がまだ残っているようだ。。。車掌さんに起こされる。終点だってさ!
昼過ぎ、JR鳴門駅に降り立つ。。。なんか。。。なんも無いんですけど???駅前にビジネスホテルがあったが、店仕舞いしましたと張り紙が。1階の喫茶店にも同じ張り紙が!なんで、こんな寂れてるのだ!?腹が減ってなんか食いたいと思ってるのに、何も見当たらないではないか!!
ここからはバスで移動。ここでもやはり終点まで行く。バス停のすぐ近くの売店で荷物を預けて、渦の道というところを見学。大潮が14時ごろというので、今の13時過ぎというのもなかなか観光にはいい時間らしい。
橋からすぐ下を見下ろすことができる。ガラス張りの床の部分があって、おぉ、これはちょっと恐いね。うひょひょひょ。
あぁ渦ですね。渦潮ですね。荒塩の塩の八百塩の八塩道の塩の八百会に坐す。。。
鳴門も堪能したので、バスで徳島まで戻る。ここでバスの中に傘を忘れてしまうが、まぁいいだろう。

マクドナルドで時間を潰す。またしてもコーヒーsだけで2時間ぐらい粘る。しかも3回おかわり。

徳島駅でイマジン氏と待ち合わせ。この旅行で一番に会いたかった人物。というのも、四国に行くと表明してから最初に会いましょうと応えてくれた人物だからだ。やはり最初の人というのはいいね。
その後グラフィス氏も合流しラーメン店へ。徳島ラーメンというのを初めて食べたが、少ししょっぱかった。こういうもの?
グラフィス氏は質問上手な人だなぁと思った。
その後ファミレスでるぱん氏とも合流。るぱん氏はなんだか元気が無さそうだった。
4人で何かしら話していて、具体的に何を話していたのかはよく覚えていないのだけれども、私も徳島で何かをしたくなってきた気がした。
1時間ぐらいでタイムリミット。私の乗って帰るバスの時間が来てしまうのだ。

次、また徳島に来ることを約束し、早く引っ越してくるように言われたりして、夜行バスに乗り込むのであった。後ろは振り向かない。こぼれる涙が見られてしまうから。。。

2010年11月23日火曜日

松山から徳島へ。そして2人の美女現る!

ネカフェは確かに横になれるし睡眠も取れるのだが、必ずしも宿泊に適しているわけではない。まぁ遊びの空間だから当然やね。
明け方、キーボードを雑巾の類で掃除する音で目が覚めた。まぁそれもまた仕方ない。お店は清潔が一番だ。

昨夜のお酒もなんだか少し残っているなぁと感じながらフラフラと歩く。そして路面電車で移動し、道後温泉椿の湯で朝風呂を頂く。大浴場はとにかく気持ちがいい。
昨日とは違い、休日だからか朝から浴衣姿で歩いている人もちらほらと見かける。いいよね、温泉!日本人でよかった!まぁ外国にもあるかも知れんけどね。

朝と昼の間、JR松山のすぐ横で鯛めしを頂く。300円なり。これも愛媛らしい料理。うまい!太陽の下で味わう鯛めしはまた格別の味である。ちょっと量的に物足りなかったが、それは朝ごはんを食べてなかったせいだろう。300円という値段を考えたら手ごろな量か。
高速バスは12時過ぎに発車。松山から徳島へ、四国を横断する長い時間を眠りながら移動。

15時半、徳島に到着。本日はここで美女2名と待ち合わせ。それまで3時間ほどあるので、駅前を少し散策。大きな通りを南下してアーケード街を行ってみるとなんだか微妙に見覚えのある場所に出た。デジャブではなく、この夏にユーストリーム放送で、阿波踊りの中継ポイントとなったところのようである。
なんとなく感慨深かったのではあるが、残念なことにこの日はサッカーのイベントで誰かさんが来ていた。音楽やダンスで盛り上げていたのはいいのだが、歌詞でちんことかうんこが使われていた。別にそれはそれでいいんだけれども、それだけで盛り上がるのは小学生レベルなんじゃないかなぁと思った。徳島のサッカーチームに限らず、サッカーそのものにあまり興味が無いため、そそくさと退散。

マクドナルドがあったのでコーヒーだけで3時間粘る。もちろんおかわりも何回かした。ついでにちょっとだけ着替え。着替えはトイレの個室でいそいそとしたので、周りの誰にも迷惑が掛からなかったと思う。

19時頃、ようやく美女2名と合流。むっちゃんとゆかりんである。お二人ともわざわざ時間を作ってくれて本当にありがとう。
近くの居酒屋に吸い込まれて、やはりこの日も特別なのでたっぷりとお酒を頂く。ゆかりんのほっぺにちゅーをしたりしたのだが、とりあえずタバコはやめた方がいいんじゃないかなぁと思うのであった。美人なのになぁ。。。
支払いの時に、10800円だというんで、とりあえず私は1万円札を出した。そしてなぜかおつりを9200円受け取る。あれ?まぁいいか。2人とはそこでお別れ。ちっ。。。

駅前に1店しか無いと思われるネカフェに移動。
ここのネカフェは今時有り得ない状態で、全席喫煙可、毛布なし、荷物の持ち込み原則禁止。明朝になって思うのだが、ビジネスホテルにしておけばよかった。。。

2010年11月22日月曜日

今日は松山!

むくり。。。微妙に音楽がずっと流れ続けてて、いまいちよく寝た感じがしない。
しかし、まぁ2000円もしないでジュースやらアイスやらが飲み食い放題なんだから、文句もないない。とりあえずホットコーヒーを飲んで、一息ついてから出発。

JR松山駅まで出てからパン屋で3個ほど適当に買い、その場でコーヒーを飲みつつ食事。焼きたてのパンは美味いのだ。
世間的には月曜の朝で、ボクは優雅にパンを食べつつコーヒーを飲み、ガラス越しに外を眺めると登校する学生や出勤する人達で賑わっている。ボクは旅行でここにいるんだなぁと、しみじみと思う。
あんまり外ばかり見てても人の波で酔いそうなので、私本太平記の続きを読む。まさに時の執権北条高時の最期のシーン、新田義貞に鎌倉が落とされようというところで涙が溢れ出してくる。高時もまた、時代に翻弄された一人であったのだ。
全くもう、こんな朝っぱらからパン屋兼コーヒーショップみたいなところでぼろぼろ泣いてしまって、いったいどうしたらいいのだ。

気を取り直して道後温泉本館へ。
石鹸がみかんの匂いがする。これはなかなかよい。
普通、こういう公衆的浴場に入る場合、湯船に浸かる前に体を洗うのがマナーなのだが、あとから入ってきた30代のヤツは洗わずに入りやがった。お前とは一緒に入りたくないと思い、すぐ出た。
雨が降っていたので、道後温泉近くのアーケード街をうろつき、入り口近くにあるお店でランチ。Cランチは天丼に鯛の味噌汁がついてくるのであった。なかなか美味い。愛媛の料理って美味いなぁ。。。と思っていると、店内で余裕をぶっこきながらタバコを吸う男がいた。お前と一緒にいたくないと思い、すぐ出た。

再び路面電車に乗ったり、バスに乗ったりした。1日乗車券があるので何度乗っても、また券面の区間であれば、どこで乗って降りても、全くの自由なのだ。大街道を歩いたりもした。

日も暮れて、ひめぶろぐBARにお邪魔する。温かく迎えてくれたウィットプランさんありがとう。しろたんはとても美人だなぁ。。。うっとり。木本氏も駆けつけてくれてありがとう。ここで松山ではじゃこ天というのがいいのだと教わった。
この日は本当に特別で、久しぶりにお酒をたっぷり4時間ほど飲んだのでありました。

昨日と同じネットカフェに吸い込まれて、倒れこむようにして寝る。

2010年11月21日日曜日

梅田から松山へ

7時頃だったか、夜行バスは難波に到着。難波から南海に乗り、住吉大社へ。
住吉大社は前々から一度参拝したかったところ。この度めでたく参拝することができました。
沿道では七五三のための屋台を用意しているが、まだそれは少し後のこと。それよりは中に入ってお参り。どうやら奥の本殿から順に、手前に向かって移動しながら手を合わせていくのがいいらしい。
最初、手前から順に奥に向かっていったのだが、地元に人だろうか、奥から戻りつつ参拝している人がいたので、その人に習ってみた。
寒かったからか、凛とした空気で身が引き締まるような思いであった。

さて、どうすっかなと思い、駅に向かって歩いているとコーヒーのいい香りがしてきたので、思い切って吸い込まれることにした。
モーニングセットを頼む。なかなか美味い。
残念なことに店内禁煙でなく、常連客の人たちがプカプカ吸い出しやがった。もうコーヒーの香りも台無し。急いで勘定を済ませて外へ出る。

梅田に出て、一昨日利用したネットカフェに行き、シャワーを浴びる。バスタオルが買い取りなのが少し不満であったが、まぁいいだろう。
シャワーを浴びてスッキリしたところで、再度蜜焼カレーの店へ行く。
美人オーナーのあーみーさんと少し話をする。まさか今日も来るとは思ってなかったそうだ。まぁ美人に会うためであったら多少の距離はものともせずに行くのがいいと思う。

腹ごしらえも済んだので、再度梅田に出て、JRを使い松山まで移動。先日とは逆のパターン。えっちらおっちらと岡山まで行き、そこから瀬戸内海を渡って行く。JR四国は出発音が瀬戸の花嫁なのだが、歌詞が思い出せず、本来「瀬戸は時雨れて」の部分を「ソバカスなんて」とキャンディキャンディの歌になってしまう。
だがそんなバカな事を思いつつも、私本太平記を読み進めていきつつ、途中何度か読み疲れたので寝たりして、気がつくと観音寺というところで17時。そこからは我慢できずに特急に乗り松山に20時半ごろ到着。あのまま普通で乗り継いだら22時を過ぎるところであった。
JR松山駅の近辺ではもうお店も閉まっているところも多く、なかなかご当地料理は食べられそうになく、そんなわけで駅のすぐ近くにあるカレーショップでカレーを食べる。アルバイトの女の子が可愛くて、何やら会話をする。

2駅ほど離れたところのネットカフェに移動。駅からもちょっと歩く。事前に調べたのがそこだったのだけれども、後で調べたらJR松山駅の目の前にあって、余計な移動時間を取られただけだった。。。まぁいいか、ということで今日からネカフェにお泊り。

2010年11月20日土曜日

氷見の海岸

富山に着いたのは朝の4時半。あまりにも早く、しかも北口に着いたもんだからJRの入り口も開いてない。開いているほうは南口しかないのだ。
とりあえずトイレで髭を剃り歯を磨く。そして南口に地下道で移動して、電車待ち。待合所は暖房が入っていて暖かい。私本太平記を読みつつ、時間を潰す。

富山から高岡まで出て、さらに氷見線に乗り継ぐ。氷見線の中でズボンを穿きかえる。大丈夫、誰も見ていない。

この日の氷見の海岸はとても穏やかであった。そしてここで日中用事を済ます。
用事を済ませた後、ばったりと懐かしい女の人と再会した。確か僕の1コ年下で、なかなかの美人である。当時は随分な巨乳であったが、子供を生んでから少し小さくなったようだ。旦那さんは15ほど上である。
彼らの子供は2人いて、まだ1歳と2歳である。上の子は男の子で、だいぶ喋るのだが、下の子は女の子で、まだ発音が不明瞭であったりする。
夜の海岸をその子達と遊んだりした。とはいえ暗いので、ちょっとした駆けっこぐらいしかできなかった。疲れさせないと眠らないということなんだそうだ。
その女の人は、私も少し好きな人であった。だけれども、当時は私は別の女の人に惚れていて、あまりその女の人のことを考えてはいなかった。全く考えなかったと言えば嘘になるが、もし、この女の人と結婚でもしていたりしたら、私にも今頃はこういう子供たちがいたのかもしれないなぁと、駆けっこをしながら思った。

20時ごろ、ふと高岡方面から花火が上がるのが見えた。音は聞こえないぐらいの距離だったが、花火は綺麗に見えた。空には月も綺麗であった。人工的な火も自然の明かりも、とにかく美しかった。

日付も変わって0時20分、富山から夜行バスに乗って梅田に戻る。

2010年11月19日金曜日

琴平から梅田へ。そして、富山??

9時過ぎだったか、琴平に到着。重い荷物を持ち運びながらJRの駅まで歩き、コインロッカーにぶちこむ。
これで身軽になったのをヨシとして、金刀比羅さんの一番上まで行く。なんでも1355段の階段なんだそうだ。

金刀比羅は事が開け行くこと。物事を始めるもヨシ、また交通安全の神でもある。よくお祈りしてからおみくじを引くとなかなかいい感じ。

少しうろうろして、むさしといううどん屋さんに吸い込まれる。なかなか美味い。

昼過ぎにJRを使って大阪まで移動。一言で書くとあっという間のようだが、ここが本当に長い。なにせ普通の切符で有効日数が3日。つまり200km以上あるのだ。
瀬戸内海を越え、岡山の乗り換えで少し迷い、よく分からない駅で乗り継ぎ、なんとか姫路まで来ると安心感が湧いてくる。大阪まではもうすぐだ。

大阪に着くとそろそろ17時。まずは阪神デパートの地下でイカ焼きを買い、すぐ食べる。難波の方が安くないか?
その後うろうろしているとネットカフェの客寄せがいて、場所を聞いて吸い込まれる。
ツイッターで「梅田なう」とツイートしたら、相互フォローのぴろさんが反応。今から蜜焼カレーを食べに行くとのこと。少し迷ったが、思い切って合流することに。
この蜜焼カレーというのは、蜂蜜(と思われる)をカレーに入れ、フライパンでコトコト焼き、とどめに山葵を混ぜて食べるのだ。味の想像ができないと言うのなら、とりあえず食え。通販もやってるので頼んでみてください。
そんなこんなでぴろさんとも初めてお会いし、しかも若くて美人のアーミーさんにもお会いでき、腹も心も満たされつつ、20時半に退散。

22時、梅田からの夜間高速バスに乗り、富山へと移動するのであった。

2010年11月18日木曜日

いざ琴平へ

専門学校の仕事が終わって、一旦帰宅する。これから1週間程、旅行で家を空けるのだ。そのためにイロイロと荷物を用意する。
っても、ほとんどが着替えだ。しかし道中洗濯できるか怪しいし、そもそも服自体をそんなに数多く持っているわけでもないので、上着も下着も3着ずつぐらい鞄に押し込む。

さて、新宿で夜間高速バスを待つ。このまま琴平まで夜間高速バスで移動するのであった。