2010年1月9日土曜日

手相鑑定

手相に限らず、占いは当たる。ただ当たると言っても、どのように当たるのかはまた別問題だ。
当たる占いと当たらない占いの違いは一概には語ることもできない。
ただこれだけは言える。「鑑定」を受けた人が幸せにならなければ意味が無い。これが基本である。基本ということは、到達点でもある。

占いが当たったとか当たらなかったとかで一喜一憂するようではレベルが低いとも言える。
毎朝のニュース番組の時間でも、天気予報の終わりあたりに星占いのコーナーがあったりする。スポーツ新聞でも同様にあったりする。それが星座占いではなく、誕生月占いだったりもする。また血液型占いなんてのもよく見かけるし、九星気学も見かけることもある。どれも当然のことながら「当たる」。

よく当たる理由の一つに統計的資料だからという側面もある。
A型にはこういうタイプが「多い」というのが統計的側面だ。実際にそうなんだから、科学的に証明されていない何かしらの事実や裏づけがあるのだろう。
星占いはその裏づけを星の位置関係に見出している。例えば火星にはこんな意味があって、その影響を強く受けているので、こんな風になると。またこれもよく当たる。恐らくは実際にそれぞれの星に波動のようなものがあり、その影響があるのだろう。

占い師がよく「当たる」ようにするためにモノゴトをぼかして言うことがある。占い師の言葉を聞いた側が勝手にあれのことだと思うのだが、そのような心当たりがあるだけマシとも言える。
そして占いの凄いところは過去のみならず現在や未来まで見通せるところにある。
一番驚いたのは、私のアコガレのお姉さんのことである。そのお姉さんが手相鑑定を受けた際に、出産の年齢を言われたのだが、最初はまさかと思っていたらしい。もう既に2人の子持ちだし、その年齢では少し高齢出産になってしまうからだと。
だが実際にその年齢がぴったりと当たり、本当に可愛らしい男の子を産んだのである。目がクリクリとして本当に可愛い赤ちゃんであった。

ところで、それぞれの占いには得意分野というのもある。数多くの占いがあるということは、どれか一つが完全なものというわけではないという意味でもある。
そして占いが当たるか当たらないかはその時々の状況によって変わってくる。
私も手相「鑑定」ができるのだが、以前にこんなことがあった。
60歳ぐらいの女性の鑑定をしたのだが、40歳の時に開運を示すものがあった。それを伝えると「40歳の時に離婚したんです」と言う。
個人的に、離婚するような目にあっていたのだから離婚して正解だと思う。だから開運するというのも正しいような気もするのだが、そもそも離婚するような結婚をしなかった方がよかったのではないかとも思う。
また本人が離婚を恥と思うようであれば、当然それは開運にはつながらない。心の傷にしかならない。
だからある事象そのものが本人にとってどうなのかは、その時々の状況によって変わってくる。
そこで基礎に立ち返る。つまり「離婚して正解でしたね」と一言添えるのだ。そうすることでその人が幸せに感じればいいのである。

このことが分かっていない占い師が多くいるような気がする。
確かに占いはよく当たる。だが、だからなんなんだ。
手相で言えば、病気のことなんかも分かる。それを見て「あなた腎臓の病気ですね」と言ったところでどうなる。
タロットでは相性とかがよく分かる。だからよく恋愛関係に使われたりもするのだが、それで「向こうの男性はあなたのことを何とも思ってないです。別に想ってる人がいますね」と伝えたところで「それでもやっぱり諦められません」とかなった日には、だったら最初から受けるなとか言いたい。

それぞれの占いを通して、受けた人が幸せになればいいんである。当たっているのは当然のことながら、その結果幸せに導いてあげないと「鑑定」の意味がない。
だから当たったとか当たってないとかで一喜一憂するというのはレベルが低いのだ。基本が分かっていないから到達できないんである。
そういうバカな占い師があぁだこうだと言い、それに喜んだりがっかりしたりする。なんてことだ、と思う。それで受けた人は幸せなのかと。

だからボクは手相占いはしない。手相鑑定ならする。
そしてこんなことを言うのもアレだが、自分の手相が一番分からない。。。

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