2010年1月28日木曜日

久しぶりの資格試験?

今度の4月18日に情報処理の資格試験がある。
一緒の学校の先生が、プロジェクトマネージャを頑張って受けようと言っていたので、私も触発されて受けようかと思っていた。
そんなんで本屋に行き、試験のテキストをちょっとめくっていたのだが、どうもプロジェクトマネージャは難しいと分かったのでやめる事にした。
代わりに情報セキュリティスペシャリストの問題集を買ってきた。プロジェクトマネージャではなく、情報セキュリティスペシャリストの方を受けようと思う。
どちらもランク4で同じレベルの難易度のようだ。あと約3ヶ月の間、ちょっと頑張ってみようと思う。

2010年1月24日日曜日

首が痛い

昨日仕事をしていたときだが、とにかく姿勢が悪かった。
前のめりになり、猫背になり、PCの画面をずっと眺めていた。

細かいことを書いても分からない人がいると思うのであっさり書くが、eclipseというツールでPHPの開発環境を整えていたのだ。
なかなかうまくいかなく、ようやくできて、その覚書を社内のwikiに書く。これがまた時間が掛かった。なんと言っても、他の人もそれを見てすぐにできるようにしようとして、画面をキャプチャーしたり説明書きを丁寧に書いたりしたからだ。

それで何かを成し遂げたような気がし、「俺はやったぜ、俺はやったぜ」とシーザーのようなことをずっと言い続け、うざったがられたりしたような気もするが、まぁいいだろう。

多分、この影響というか、反動で首が痛い。首だけでなく肩も痛い。
労災なんだろうけども、我慢できないレベルでもないので、まぁいいだろう。だが痛い。

まぁ本格的に止めを刺したのは、Gyao!でERを立て続けに2本見たからに違いない。。。

2010年1月21日木曜日

ハッピーバスデ町田観光

毎年恒例のハッピーバースデイトゥミーを歌いたいのも山々なのだが、そこをなんとか我慢してメシを食うことにした。
とは言え、年に1回のバースデイである。肉にしようかと思いながら歩いていると妙案を思いついた。町田観光に行こう。

町田観光は私の知り合いの経営しているお店の一つである。他にも2店経営しているとのことだが、とにかく料理が美味い。開店前に練習と称して鶏肉を食べさせてもらったことがある。そのお店のオーナーはとても明るく人懐こい笑顔で
「これ今朝まで生きてたんですよ」
と目を輝かせながら、丸ごとの鶏肉を見せてくれたことがあった。確か2年ぐらい前のことである。

そんなわけでそのお店に行くと、オーナーがいた。
「あれ、なんで来たの」
「実は今日が誕生日でして、それでなんか食べようと思って、ココが思いつきましてね」
「ありがとうございます♪」
なんていう会話をして席に着くと、オーナーから店長に「知り合いなんですよ」と一声掛かる。
特に何を食べようかと決めていなかったので料理はお任せにした。

すると出るわ出るわ。とにかく美味いものラッシュ。私はとにかく目の前の食べ物があるとどんどん食べてしまうので、皿があっという間に空いてしまう。
これには店長もオーナーも目を丸くしていた。
「いや、だって、美味しいからね。すぐ全部食べちゃうの。。。」

オーナーから珍しい差し入れがあった。なんと伊勢神宮の御神酒である。これがまためちゃくちゃ美味い。
私はこの御神酒で、オーナーはウィスキーをロックで、乾杯する。

私にとって、この1年はイロイロとあった。だが、そのおかげで(反動かもしれないが)とにかく全国いろんなところに旅行することができた。これはこれで非常によかったのかもしれない。
また今年もいい1年でありますように。

2010年1月20日水曜日

英語を勉強する理由

昨夜のことだが、twitterでこんなのがあった。
「英語勉強するの嫌いすぎてうわーんて感じだけど、よく考えると、そもそも英語を勉強しなきゃいけないという納得する理由を持ってないような気がする。将来困るよ!とかは、あんまり体に落ちない。誰か教えて」

英語を勉強する理由が分からないと。。。それが分からないくらいのアホなんだから、勉強する理由になるだろう。。。
まぁ大体英検2級レベルまでなら頑張れば行くけども、それからはるかに差のある英検1級レベルがあり、さらに難しいガイド試験、同時通訳、それから上級英会話の先生とか国際世界の同時通訳、さらには同時通訳を養成する先生。。。先は長いですぞ。
まぁ日本にいる限りは英語はなくても困ることはない。だが語学に限らず勉強する意義が分からんアホに他の文化・芸術・学問などの精進ができるとは思えん。
そうして英語の勉強する意味なんか無いとか言うやつに限って日本文化を学ぼうともしない。書道や茶道、はたまた柔道・剣道、短歌や俳句やそのほかの文学などなど。
ただひたすら、己を甘やかす堕落した日々を送るだけだ。己の精進や努力の無さや不甲斐なさを棚に上げて、政治が悪い時代が悪い将来が不安だと嘆くばかりだ。バカじゃなかろうか。あ、バカだった。

例えば雅子様。彼女の父親は外交官でハーバード大学などの客員教授をしていた。だから雅子様が英語の勉強をすると言ったら、ハーバードやオックスフォード大学でPhDを取得するぐらいが当たり前だと思っていた。

英語を勉強するのが嫌いって人に聞きたいが、じゃぁそれ以外で勉強するのが好きなのはあるのか。
仮に女の人であったとして、化粧が好きだってんだったら、メークアップアーティストになればいい。なろうと努力すればいい。そうして一流のメークアップアーティストになり、日本のトップになればいい。
そうなったときに、アメリカのファーストレディが「あなたにメークをお願いしたい」なんてなった時に「英語で直接話せたらなぁ」なんて思うだろう。
PCを触っているのなら、マニュアル類で必ず英文にぶつかるはずだ。それが「わかんな~い」でいつまでも通じるわけでもあるまい。

将来ではなく、まさしく今現時点でさえ英語力が必要な場面があるのに、それさえも分からないってんだから、勉強しろってんだ。
そんなアホな女は嫁にしたくはないと思う今日この頃、皆さん、いかがお過ごしですか?

2010年1月16日土曜日

大神(おおみわ)神社参拝

大神神社と書いて「おおみわじんじゃ」と読む。普通読めないっての。三輪と書くこともある。こちらなら普通にも読めそうだ。

ということで、奈良まで行ってきた。新宿からバスで行ったのだが、この集合時間が23:59である。恐らくは日付などの関係で間違えないようにという配慮だろう。まぁ。。。間違えないようにしてある分にはいいだろう。
今回のバスにはトイレがついていないタイプであった。それで新宿から奈良まで行こうってもんだから、大それたものだ。
バスに乗り、席に座る。一番後ろの座席であったが、これがなんとリクライニングになっていない。確かに往復で11000円だから格安と言えばそうなのだが、ちょっとケチりすぎではないですかね。。。

新宿を出てからすぐ高速に乗り、そのまま東名を使う。まずは足柄PAで小休憩。その後は一気に亀山PAに。。。ってもう三重ですよ。その後は恐らく名阪国道を使ったのだろうけどもよく分からない。
気がつけば朝も早くから大神神社にたどり着いた。

大神神社は古くからの山岳信仰を現代にも残す形でお社が建立されている。ご神体となるのは遠くの三輪山で、ふもとの神社からはその山を遥拝するのだ。
朝早くに着いたからか、本来なら入ってはいけない場所までバスが入ってしまった(普通車ならいい)。なので本来の外にある大鳥居はとっくにくぐってしまっていたのだ。
まぁとにかく中に入ろうとするのだが、なんだか見覚えがある。。。ような気がする。不思議だなぁと思って鳥居をくぐって中に入っていくが、やはりその沿道は見知らぬ場所である。
空気が冷たくピリリとしていて、こちらもなんだかしっかりしなければ、という気がしてくる。

三輪明神は、古事記によると日本中に疫病を流行らせ、そして止めた神様でもある。また男女間の不思議な縁の神様でもある。少し違うエピソードが日本書紀にもある。
そんな風に三輪の神様を褒め称えてから、そのお役割のように、日本中の疫病(例えばインフルエンザ)が流行らないようにお願いし、また1月に危機を迎えるという景気の二番底や6月の三番底に関しても、倒産する会社や失業する人がでないよう、また借金などの苦しみで自殺する人がでないように祈る。
そうやって我が事を離れた祈りの後に、おもむろに自分のことをあーでもない、こーでもないと祈る。
特に男女のもめごとトラブルは、ここ1年でかなり苦痛を味わったので、なんとかしてくださいと祈る。

先週、江ノ島で白くてにょろにょろしている蛇神というようなことを書いたが、三輪も名物が三輪そうめんである。見事に白くてにょろにょろしている。古事記や日本書紀にはまさしく蛇のエピソードが紹介されていて、この一致する符合にまたまた関心したのであった。

そこからしばらく離れた場所に、下北山村というところがあり、そこのスポーツ公園に移動。ここはすぐ横にダムがあって、ダムが決壊したらすぐに水底に沈んでしまうのではないかと思われるような場所である。池原ダムというのだそうだ。
ここで一泊したが、谷底だからか、8時ぐらいになってようやく日が差してきた。それまでは寒くて寒くて仕方の無いところであるが、日が差し込むと冬の澄んだ青空では思ったよりも日差しがきつい。ふと地面から湯気のようなもやが立ち込めていて、なんとも幻想的な景色である。寒さに引き換えてもこの景色は美しい。
その朝もやと白く光っていた霜はほんのわずかな時間のうちに、日の光によってかき消されてしまった。

行きでもそうだったのだが、帰りのバスでも本格的に首を痛めた。なんとかフリースを首に巻いて枕代わりにしていたのだが、やはりリクライニングしない椅子というのが曲者である。

2010年1月10日日曜日

新春江ノ島神社参拝

確か1年前にも昇殿参拝したのだが、その時は10人ぐらいの団体であった。だが今年は一人での参拝となる。

江ノ島神社に着いたのは11時近くなってから。
江ノ島神社には3つのお社があり、通常は辺津宮という一番手前のところでお参りする人が多い。私も普段なら辺津宮の外側からお参りするのだが、今日は年始の、見も心もピシッと改めて、スーツ姿で正式に参拝することにした。
一応ご祈祷ということで受付をする。五千円以上の玉串料なので、普段のお参りとはわけが違う。普段のお参りでは、普通の人もそうだと思うのだが、だいたい5円とか、まぁ100円とか、たまに思い切って500円という偉大なコインを賽銭箱に投入すると思うのだが、こういうのはチャリンコ参りという、要するに神様側もあまり本気に相手をしてくれない。
金額の大小もあるのだが、やはり人間側の誠を示さないと向こうも本気になってくれないようなのだ。
ということで、わざわざスーツを着て、正式な形でお参りをし、深々と頭を垂れる。こうすることで向こうにもこちらの本気を示してやらなければなるまい。
対人関係とどこか似ている。

ということで辺津宮での正式参拝が終わって、重要文化財の指定を受けている弁天像を見る。通常は200円だったかの拝観料が必要なのだが、正式参拝をした人にはそのまま中に入れてもらえるのだ。
約1000年前の留学生の作ったと言われる弁天像も大変美しかった。名も無い人の見事な作品である。そして重要文化財の弁天像2体。。。弁天様はお優しいだけでなく、大変厳しい側面もあるということが分かる。

今年初のおみくじを引く。伊勢神宮ではおみくじが無かったので、ようやっとご神託を賜ることができた。

春風の 吹けばおのずと 山かげの 梅も桜も 花はさくなり
運勢 大吉
心をかたくもって 一時の不運にあわてさわぎ思いまようてはいけません
本業をよくまもって静かにときの来るのをまちなさい
開運うたがいありません

・願望 気ながくすればととのう安心せよ
・待人 来るがおそい
・失物 物にかくれて出ず
・旅行 十分でない控えよ
・商売 物価下る買うはわろし
・学問 安心して勉学せよ
・相場 売れ大利あり
・争事 人に任せるが利
・恋愛 あわてず心をつかめ
・転居 さしつかえなし
・出産 安し信心が第一
・病気 気を強くもてなおる
・縁談 先方へ思い通ぜず調いにくい

ということで、なかなかいい感じである。まぁ待人や縁談がいつもいつもこんな感じなのはなんとも嘆かわしいところでもある。恋愛も芳しくない。神も仏も無いのかと言いたくなるが、いるからこそこのように明確な回答をほぼ毎回毎回、同じようなことを違う言い回しで教えてくれている。。。

辺津宮の後は、中津宮もお参りして、奥津宮までお参りする。
帰りがけに地図で確認したのだが、辺津宮からお参りした真っ直ぐの位置と中津宮からお参りした真っ直ぐの位置に奥津宮がある。そして奥津宮から真っ直ぐの場所は、どうも白山ヒメ神社があるような、今ぐーぐるまっぷで見てみたらそんな感じであった(最初は富士山があるのかと思ってたが少し方向が違ってた)。

帰る前にご飯を食べていこうと思っていた。直会(なおらい)と言って神様と一緒に食事を楽しむことである。
江ノ島ではしらす丼が名物らしい。1~3月は禁漁期間なのでダメだが、それ以外では仕入れが合えば生しらす丼も食べることができる。生の方が値段が少し高く、また苦味がある。しかしどちらも美味い。
ふと、あぁと気がついた。江ノ島の弁財天は御眷属に白蛇がいる。眷族というか、弁財天が白蛇に化身して現世利益を与えてくれるのだが、それはともかく、しらすは白蛇を見立てたものではなかろうか。
そんなわけでお店に入り、しらす丼を注文する。そのお店は外のオープンテラスのような場所があって、そこで太陽の下で食べることができたのだ。昼の日差しがきつく、その分ぽかぽかして暖かい。遠くの相模灘を眺めつつ、目の前のしらす丼を食べる。まぁ至福の時ですわな。

江ノ島の入り口付近のお店でソフトクリームを買う。250円で、お釣りの750円を受け取り、とりあえずポケットに突っ込んでソフトを食べる。むらさきいもとバニラのミックスで、これもなかなか美味い。とにかく今は白くてにょろにょろしているものは何でも白蛇つまり弁財天なのだ。
ポケットに突っ込んでいた750円を小銭入れに入れようとするが、500円玉が見当たらない。あれ? どっかに行ってしまった。どこにも無い。
失物 物にかくれて出ず
いや、当たってるんだけど、嬉しくないです。。。

2010年1月9日土曜日

手相鑑定

手相に限らず、占いは当たる。ただ当たると言っても、どのように当たるのかはまた別問題だ。
当たる占いと当たらない占いの違いは一概には語ることもできない。
ただこれだけは言える。「鑑定」を受けた人が幸せにならなければ意味が無い。これが基本である。基本ということは、到達点でもある。

占いが当たったとか当たらなかったとかで一喜一憂するようではレベルが低いとも言える。
毎朝のニュース番組の時間でも、天気予報の終わりあたりに星占いのコーナーがあったりする。スポーツ新聞でも同様にあったりする。それが星座占いではなく、誕生月占いだったりもする。また血液型占いなんてのもよく見かけるし、九星気学も見かけることもある。どれも当然のことながら「当たる」。

よく当たる理由の一つに統計的資料だからという側面もある。
A型にはこういうタイプが「多い」というのが統計的側面だ。実際にそうなんだから、科学的に証明されていない何かしらの事実や裏づけがあるのだろう。
星占いはその裏づけを星の位置関係に見出している。例えば火星にはこんな意味があって、その影響を強く受けているので、こんな風になると。またこれもよく当たる。恐らくは実際にそれぞれの星に波動のようなものがあり、その影響があるのだろう。

占い師がよく「当たる」ようにするためにモノゴトをぼかして言うことがある。占い師の言葉を聞いた側が勝手にあれのことだと思うのだが、そのような心当たりがあるだけマシとも言える。
そして占いの凄いところは過去のみならず現在や未来まで見通せるところにある。
一番驚いたのは、私のアコガレのお姉さんのことである。そのお姉さんが手相鑑定を受けた際に、出産の年齢を言われたのだが、最初はまさかと思っていたらしい。もう既に2人の子持ちだし、その年齢では少し高齢出産になってしまうからだと。
だが実際にその年齢がぴったりと当たり、本当に可愛らしい男の子を産んだのである。目がクリクリとして本当に可愛い赤ちゃんであった。

ところで、それぞれの占いには得意分野というのもある。数多くの占いがあるということは、どれか一つが完全なものというわけではないという意味でもある。
そして占いが当たるか当たらないかはその時々の状況によって変わってくる。
私も手相「鑑定」ができるのだが、以前にこんなことがあった。
60歳ぐらいの女性の鑑定をしたのだが、40歳の時に開運を示すものがあった。それを伝えると「40歳の時に離婚したんです」と言う。
個人的に、離婚するような目にあっていたのだから離婚して正解だと思う。だから開運するというのも正しいような気もするのだが、そもそも離婚するような結婚をしなかった方がよかったのではないかとも思う。
また本人が離婚を恥と思うようであれば、当然それは開運にはつながらない。心の傷にしかならない。
だからある事象そのものが本人にとってどうなのかは、その時々の状況によって変わってくる。
そこで基礎に立ち返る。つまり「離婚して正解でしたね」と一言添えるのだ。そうすることでその人が幸せに感じればいいのである。

このことが分かっていない占い師が多くいるような気がする。
確かに占いはよく当たる。だが、だからなんなんだ。
手相で言えば、病気のことなんかも分かる。それを見て「あなた腎臓の病気ですね」と言ったところでどうなる。
タロットでは相性とかがよく分かる。だからよく恋愛関係に使われたりもするのだが、それで「向こうの男性はあなたのことを何とも思ってないです。別に想ってる人がいますね」と伝えたところで「それでもやっぱり諦められません」とかなった日には、だったら最初から受けるなとか言いたい。

それぞれの占いを通して、受けた人が幸せになればいいんである。当たっているのは当然のことながら、その結果幸せに導いてあげないと「鑑定」の意味がない。
だから当たったとか当たってないとかで一喜一憂するというのはレベルが低いのだ。基本が分かっていないから到達できないんである。
そういうバカな占い師があぁだこうだと言い、それに喜んだりがっかりしたりする。なんてことだ、と思う。それで受けた人は幸せなのかと。

だからボクは手相占いはしない。手相鑑定ならする。
そしてこんなことを言うのもアレだが、自分の手相が一番分からない。。。

2010年1月5日火曜日

寝る子は育つが。。。

8時ぐらいに目が覚めた。今日は仕事が休みだ。図書館でも行こうかな。

10時ぐらいに朝食やら洗濯やらを終えた。あー、布団あげとけばよかったかな。なんかちょっと横になる。

気がつくと13時を過ぎていた。あらら、午前が終わっちゃったよ。お昼はどうすっかなぁ。。。
なんて思ってたらなぜか16時。そろそろ日が沈むってなもんだってばよぉ。うーむむ、図書館に行くって話はどうなったんだ。
とりあえず洗濯物をしまいこむ。しかし外は寒いやね。ちょっと毛布に滑り込む。

はっとしてグーだね、つーか22時半。なんだって木林! それは本当か!?
どうやら我々は知らず知らずのうちに時間を越える能力を身に着けてしまったようだ。今は先に進むだけだが、いずれは戻れるようになるに違いない。

とりあえず晩飯を食って風呂。こんなんで夜は眠れるんだろうか。。。

そんな心配をよそに、またぐっすりと眠ってしまうのであった。